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波乱万丈過ぎる人生 その104

今日は104回目のブログになります。


もう四月も一週間足らずとなってしまいました。

前回のブログから、またまたブログを一ヶ月近くもサボってしまいました。

本当にもう、ブログを書く意欲がすっかり減退してしまい、私のブログは「風前の灯・・ふうぜんのともしび」

状態です。

この意味は、「・・今にも滅んだりしそうな状態・・」だそうで、今の私の心境にぴったりの言葉です。

でも、もしブログを止めようと決めたなら、そのまま放置するのではなくて必ず止める旨をブログ上で報告し
ますので、それまでは例えブログが中断していても止めてしまったとは思わないで欲しいと思っています。

書きたくない時には大いにサボる。無理をしない。これが細く長く続けられるコツかも知れない。

自分に都合よく、そのように考えたりしています・・。

こんな気まぐれなところが有る私ですが、これからもマイペースでブログを書き続けて行きたいと思っていま
す。


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何度もブログを中断しながらも、今月でブログを書き始めてから丸3年を迎えました。

来月からは4年目に突入です。

思えば、ブログ仲間のミセスまるこさんも同時期にブログを書かれておりました。確か2009年の5月か
らだったと思います。私は2009年の4月からブログを書き始めましたので、ほぼ同時期と言っても良い
のではないでしょうか。

そのまるこさんは私と違って、とても頑張り屋な方で、ご自分のブログを妨害されても必死で書き綴ってお
られました。

まるこさんのブログのプロフィール欄に書かれている言葉に、私はまるこさんのブログに対する並々ならぬ
強い決意を感じ取っていました。


「命ある限り書き続けます」


このような決意を述べられています。

まるこさんのブログは最初から読んできましたが、どれ程、理不尽な思いを余儀なくされた生活だった事で
しょう・・。

その事を何としても世間の人に知って貰いたかったのでしょう・・。

勿論、私も同じような気持ちでブログを書き始めた訳ですが・・。


そのまるこさんの様子がなんだかとても不自然です。

前々回のブログで、私はその事を・・、自分の気持ちを・・、ブログに書いてみました。


「まるこさんは、もうこの世にいないのではないか・・」

「それじゃ、時々ブログを更新しているのは誰?」

「それは、まるこさんに成りすましている他人・・」


と言うことは、まるこさんの身に大変なことが起こっているか、起こってしまったか。


ブログ仲間?の方にもちょっとだけ相談して見ましたが、このような返答でした。


「考え過ぎだと思う」

「パソコンの誤作動だと思う」

等々、このようなご返事でした。

パソコンの誤作動と言われた事等は、前々回のブログでも書いたと思います。重複するかもしれませんが、
今日は、もう少し詳しく書いて見ようと思います。


私がまるこさんに昨年の暮れにメールをしてみました。すると、まるこさんのところではなくて、moiwa
さんのところへ届いてしまった。

でも、メールアドレスは間違いなくまるこさんのメールアドレスに送ったものでした。

それが、何故、moiwaさんのところに届いたのか・・。


moiwaさんとは、私のブログにもリンクしています「札幌発!集団ストーカー日記」の管理人さんの事で
す。

これは、とてもおかしな事です。これではまるでmoiwaさんは本当はまるこさんなのではないか・・とい
う事になってしまうからです。

「そんな馬鹿な・・」


私はすぐにmoiwaさんにメールをして確認してみました・・。


moiwaさんは、確かに私からまるこさん宛てのメールが届いている、と言われました。

私は再度、立て続けにまるこさんにメールをしました。立て続けに2度メール送信してみたのです。

2度目は文面を書かずに、まるこさん宛てに送信だけして見ました。

ところが、やはりmoiwaさんに送信された事になっています。(私のパソコンの送信済みアイテムには
そのように記されているのです)


普通に考えると、moiwaさんという人は実はまるこさんだった・・と考えてしまうと思うのです。

でも、実際には違うのです。


このような事を、「パソコンの誤作動だと思う」と言われました。(moiwaさんからではなく、もう一
人のブログ仲間の人に言われました)


頭の悪い私は、非常に頭が混乱しました・・。

しかし、少しだけ私よりパソコンに詳しい息子に聞いてみたら、こんな答えが返ってきました。


「そのmoiwaさんって人がまるこさんなんじゃないの・・」


やはり私と同じ解釈でした・・。

それは違うのだと、詳しく話をしてやると、今度はこのような返事が息子から返ってきました。


「パソコンの誤作動とはちょっと考えにくい。ネットの世界では悪い奴らがいると聞いているけれど、
このような事が出来るってことは、かなり大きな組織等が関わっていないとちょっと不可能だと思う
な。お金だってすごくかかる事だと思うし、かなりの大きな組織が関与しているってことだと思う。」


大きな組織・・そうだろうなぁーと私は納得できました・・。


これ以上は、息子も主人もあまり関わりたくないようでしたので、私は話すのをやめてしまいした。


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ところが・・2ヶ月ぐらい前のこと、もう一度私のパソコンの送信済みアイテムを確認して見ました。
そうすると、書き換えられているのに気がつきました。(いつの間に?)

1度目のまるこさんへの送信が、moiwaさんに受信されてしまい、それはそのままに送信済みアイテムに記録
として残っているのですが、2度目にしたまるこさんへの送信はmoiwaさんではなく、ちゃんとまるこさん宛
てに送られたように変更されているのです。

昨年の暮れに送信した時には、2度ともmoiwaさんに送信された記録が残っていたのに・・。

私のパソコンの送信済みアイテムの記録が勝手に操作されて、いつの間にか書き直されていたと言う事です。

第三者の手によって・・。いったい誰が?

どのようにして、こんな事が出来たのだろうか・・。


これが遠隔操作というものなのでしょうか。


この遠隔操作という言葉は、私は比較的最近に知った言葉なのですが、この遠隔操作については2005年
の暮れに私がパソコンを購入して始めてインターネットをやり始めたその直後から、目に見えない何者かに
監視されているようだとはずうっと感じていました。

そして、おかしな事がたびたび起こるのです。

それらの事を詳しく書いてみたい気持ちもあるのですが、今日はブログ仲間のミセスまるこさんの事を中心
に書いてみたいと思っていますので、遠隔操作の件に関しては次回にでも書ければと思っています・・。


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前々回のブログ、「波乱万丈過ぎる人生 その102」のところでは、コメントを3人の方から頂きました。


一人目はあんずさんと言う方からは、3回のコメントを頂きました。
(この方は昨年の1月から数回のコメントを頂いていた方でした)



二人目の方は○さんと言う非公開の方。コメントを2回頂きました。

(この方は始めてコメントをくれた人で、集団ストーカーの被害者との事でした。まるこさんとは昨年の10月
までメール交換していた、と言うコメントでした。このような大事なことを何故に2度も非公開でコメントされ
たのでしょうか。私は非公開ではなく公開コメントにして欲しかったと思っています。秘密にする必要がないと
思うのです。それが真実ならば・・。)



もう一人の方は×さんと言う、やはり非公開の方。コメントを1回だけ頂きました。

(この方は札幌在住の方で、moiwaさんと連絡が取れない。電話が遮断されているようだ。連絡先を知りません
か?という問い合わせでした。実は私はmoiwaさんの事は何も知らないのです。一年間だけメールでのお付き合
いをしました。札幌で集団ストーカー被害の街宣活動を一緒にやりましょうと誘われましたが、私は知らない人
とは会わないように常日頃から心がけていましたので、moiwaさんに関しても同じ被害者と言われてもお会いす
るのを躊躇しておりました。そして、メール交換だけをするようになってから一年が経った頃に、moiwaさんは
突然大阪に引っ越してしまわれました。今はメールも来ません。その程度のお付き合いでした・・。
moiwaさんのことは、何も知らないのです。私にとっては知らない人なのです。)


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私はいま、まるこさんが元気で生きているように、偽装工作をしている人たちが存在して居るように感じていま
す。

集団ストーカー被害者と名乗っている人たちの間に、その者たちが入り混じっているように思っています。

また、まるこさんと親しそうに?メール交換していた、集団ストーカー被害者でない人の中にもそのような者が
入り混じっているように感じています。

そのような者とは、まるこさんが生きているように偽装工作している、その共謀者たちの事です。



サイバー警察という存在があることを、私は以前にチラッと耳にした事があります。

詳しいことはよく分かりません。

インターネットでいかがわしいサイトを見張っている、そういう仕事をしている人たちの事をサイバー警察という
のだろうか・・。

もしそうなら、ミセスまるこさんのブログを書いている人が「成りすまし」であるかどうか、調査出来るのではな
いかと思ったりもしています。

まるこさんの事(安否)は、比較的調査しやすいのではないだろうかと思っています。

まず、まるこさんはブログでご自身の諸々の事情を公開しているのですから、私は個人情報の件はクリアできると
思っています。

その個人情報とは、まるこさんはご主人が高齢だとブログで書いていますので、まず年金を受給していると思うの
です。そこからも身元は調べられる筈です。

また、まるこさんのブログで2010年10月14日のブログや2010年の12月21日のブログに書かれてい
ますが、まるこさんご夫婦が警察に逮捕された事などが詳しく書かれています。


容疑は 「廃棄物処理及び清掃に関する法律」の違反・・。


詳しくは、まるこさんのブログを読んで貰いたいと思いますが、逮捕されたということはたぶん警察に指紋が残っ
ている筈です。「なりすまし」さんの指紋と照らし合わせたら真実はすぐに判明されるのではないだろうか・・。



私のブログを読まれた方で、または集団ストーカーの被害者のお仲間の方たちの中で、まるこさんの事に関しまし
て良い案がありましたら是非、コメント欄からご意見を頂きたいと思う次第です。



2011年1月14日のまるこさんのブログの一節にはこのような文面が記されております。


「この組織犯罪が続く限り、手紙を途絶えさすつもりはありません。」


※ ここで言っている手紙と言うのは、ご自身のブログを書き続ける、という意味だと思います。この文面からも
見て取れるように、まるこさんがこんなに長くブログを中断・放置する筈がないのです。お元気でいたならば・・。

被害者仲間の方で、昨年の10月迄まるこさんとメールでお話していたと言う方が現れましたが、私には到底信じ
がたいです・・。



まるこさんのブログのタイトルは、

小説・集団ストーカー「D氏への手紙」

と言いますが、何故、小説という文字をつけたのだろう・・と思われるかもしれませんが、内容からして一般人に
は信じがたいような被害であるがゆえに、世間から精神病などと誤解されないようにと考えてこのようなタイトル
にしたのではないか・・そのように私は推測しています。


とにかく、あのミセスまるこさんが、このままブログを放置する筈がありません。


また、コメント欄を見ますと、コメントをくれた方たちに対して、承認待ちコメントにしたりしています。
本物のまるこさんなら、このような事はしない筈です。まるこさんの最初からのブログ(2009年からの)を
読み返して見ると、今のブログがいかに別人(まるこさんの成りすまし)が管理しているブログで有るか気がつ
かれると思います。どうか、まるこさんの事を心配してあげてください。


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長くなりました。

今日はこの辺でブログを閉じようと思います。

実は4ヶ月前に愛犬のコロちゃんが急死した件で、気になっていることを今日書くつもりでした。しかし、長く
なってしまいましたので、次回に少し書いてみたいと思っております。

それから姉や父の死について、気になっていることなども今後、書き綴っていくつもりでいます。


それでは今日はこれでブログを閉じたいと思います。




追 伸


※ 前回のブログ(その103)で、阿修羅のサイトが終了したようです、と書きましたが、そのような
ことがありませんでしたね。ホッとしました。いつも立ち寄っているブログのサイトでも赤文字で「阿修
羅終了。阿修羅が終了したようです。」と書かれていましたので、すっかり信じてしまいました。

以前に「阿修羅のサイバー管理費の捻出に管理人さんが大変ご苦労されている・・このままでは3月には
サイトが閉鎖になるかも・・・云々」と言うような記事を読んだことがありましたので、てっきり閉鎖し
てしまったんだ・・と早とちりしてしました。

阿修羅のサイトに立ち寄ろうとして、何回か奇妙な体験をしたことがありました。今度、機会がありまし
たらその事等を書いてみたいと思っています。



テーマ : みんなに知ってもらいたい
ジャンル : 日記

波乱万丈過ぎる人生 その103

今日は103回目のブログになります。

またまた、ずうっとブログが書けませんでした。

毎朝5時頃に起床して、すぐにパソコンに向かい、朝食の準備の時間までパソコンをやっていました。

簡単な朝食を作った後は、またずうっとパソコンに向かい、午後の3時頃まではいろんな方たちのブログに
立ち寄っていました。夢中になって記事を読む事が多かったこの一ヶ月間でした・・。

「3月20日に大地震が起こるかも知れない・・」
「ギリシャがデフォルトする・・」
「世界金融が大崩壊する・・」

そのような不安を煽るような記事が満載?でした。

私も何か恐ろしい事が起きるような、そんな胸騒ぎを感じておりました。


そんなこんなで、自分のブログになかなか手が付けられませんでした。

しかし、何事も起きませんでした・・。

今、ホッとしているところです。


今日は3月22日です。

私ごとですが、今日は愛犬のコロちゃんの月命日になります。

昨夜から、今日は絶対にブログを書こうと決めていました。

コロちゃんが亡くなってまだ3ヶ月なのに、なんだかもっと・・ずうっと前に亡くなったような
そんな気持ちに今はなっています。

「まだ亡くなってから3ヶ月しか経っていないんだ・・」

そのことに気づいて自分でびっくりする程です。

私の中で、コロちゃんがとても遠い存在になってきました。

とても悲しかった筈なのに・・

私は立ち直りが早いのでしょうね。

人一倍のいろんな苦しみを味わって来ましたので、もうメソメソしない、

そんな悲しみに対する免疫力が出来上がってしまっているのでしょう。



そんな訳で、どうしても自分のブログはおろそかになってしまいがちでした・・。


今日、朝方に「阿修羅」と言うサイトに立ち寄ってみました。

しかし、サイトが開きません。

時々そんな事もありましたので、気にしませんでしたが、先ほど、ある方のブログに立ち寄りましたら

「阿修羅」 終了 

と言う文字が飛び込んできました。

かなり寂しく感じましたが、これは本当の事のようです。

「何かが、終わった。そう言う事なのかなぁー」

と、しみじみと感じました。

女のくせに、私はなんとなく「阿修羅」というサイトが好きでした。

いい年をしているのに、どこか世間知らずな私には本当に勉強になったサイトでした。



若い頃に、何人かの人によく言われた事がありました。

「外見は女でも、中身は男だね」

って・・。

私って、男の人たちと話している方が気が合うのかも知れません・・。



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今日の私。

今もどこか落ち着かない気持ちでブログを書いています。

何かしら、胸騒ぎを感じているのです。

やっぱり・・何かが起きそうな・・。

それは、やはり良いことではなく、何か悪いことが起きそうな・・。



本当は久しぶりのブログなので、書くことがたくさんありました。(前回の続きの事です)

でも、今日はそれらの書き綴りたかったことをやめることにしょうと思います。


3月いっぱいブログを休み、4月に入っても日本に何事も起こらず無事に過ごすことが出来ていたら
また、ブログを再開しようと思っています。

前回のブログで触れた、ブログ仲間のミセスまるこさんの事なども書いてみようと思っています。

とても心配しております。でも、今日は書くことをやめておこうと思っています・・。



それでは、今日は簡単ですがこれでブログを閉じたいと思います。

今後も立ち寄って頂ければ幸いです。



※ 札幌はだいぶ春らしくなって来ました。春が来るのを毎年待ちわびたものです。
  春は自転車に乗って、行動半径も広くなります。
  でも、今年の春はちっとも気持ちが晴れません。気合を入れて明るく過ごそう・・と
  思ったりしている今日この頃です。
 

 

テーマ : みんなに知ってもらいたい
ジャンル : 日記

波乱万丈過ぎる人生 その102


今日は102回目のブログになります。


今日は2月27日です。体調が悪くて、また少しブログを書く時間が空いてしまったかも知れま
せん。でも、今日は体調の方は大丈夫です。
(ここ2〜3日、めまい等が災いしてブログが書けませんでした)


                   ★★★


24日の日に、私はブログを書こうと思いました。午後の3時頃の事です。

午前中はお気に入りのブログをチェックして、時間が過ぎて行きました。

午後の3時過ぎになってやっとブログを書く気になりましたので、管理画面に入ろうとしました。

すると・・、管理画面に入ることが出来なくなっていたのです。非常に驚きました。

このような事は始めての経験でした・・。

何度やっても駄目でした・・。

私は自分のブログが閉鎖されてしまったのではないか、と真剣に考え込んでしまいました。

閉鎖されるような、何かまずいことを書いてしまったのだろうか・・。

悶々としていました。

午後の7時頃になって、もう一度チャレンジして見ることにしました。

   「駄目でもともと・・」

と、すっかり諦め気分になっておりました。

ところがなんと、今度は何事もなかったようにすんなりと管理画面に入ることが出来たのです。

   「ブログ、閉鎖された訳ではなかったんだ・・」

その時は本当に安堵しました・・。

こんな事もあるんですねぇー。


私のブログ仲間のミセスまるこさんも、以前にこのような被害に遭われ、大変ご苦労されたよ
うでした。(私の事とは問題にならないようなご苦労だったと思います)

私の場合は、もしミセスまるこさんと同じような被害に遭われていたら、もうブログを再開す
ることは不可能だったでしょう。私はまるでパソコン音痴な人間ですから・・。何事もなくて
本当に良かったです。




※ ミセスまるこさんのブログは、私のブログにリンクを張っています、

    〜〜 小説・集団ストーカー「D氏への手紙」〜〜 

  がそうです。 まだ読んでいない方は是非読んで見てください。ひどい被害の方です。

  
  私は今、ミセスまるこさんの事がとても気がかりで居ます。連絡が取れないのです。
  時々ブログを更新しているミセスまるこさんは、以前とはまるで別人のような気がしてい
  ます。
  
  先日(と言いましても、昨年の11月頃ですが)、まるこさんにメールをしてみました。
  ところが、違う人のところへ届いてしまいました。

  もう一度、アドレスを確認してメールを送信しましたが、同じことの繰り返しでした。
  

  私は、彼女の住所、FAX番号、名前等も知ってはいますが、住所の福島県富岡町という
  所は人の立ち入り禁止区域になってしまっているので連絡の取りようがありません。

  福島原発の20キロ圏内なので、放射能がものすごく強いとか・・。

  そんな訳で、連絡の取り様がない状態になっているのです。正直、殺されていたって気づ
  かれない状況下に有ると思うのです。たぶん、町役場の方や警察官も近づくことが出来な
  いようになっているんだと思うのです・・。


     ★ これって、探しようがないということです ★


  以前のまるこさんは、私がブログを更新するとすぐにコメントを下さいました。お互いに
  凄まじい被害に遭っており、共通点が幾つもあったので共感し合うものがあったのだと思
  います。

  本当によく適切なコメントを下さいました。年齢も同じ年でした。

  そのまるこさんが・・まるで別人のようです。

  現在、ときどき更新しているまるこさんは、もしや「なりすまし」さんではないか・・と
  私は疑いの目を向けております。

  まるこさんのブログを最初から読んで見ると、現在のまるこさんのブログが如何に変遷し
  てしまったか・・、私が「なりすまし」さんではないか、と考える理由を理解して貰える
  のではないでしょうか・・。

  あんなに一生懸命に更新されていたのに、今のブログはまるで死んでいるように生気があ
  りません。別人・なりすましさんが更新しているとしか思えない状況です。


    〜〜 ミセスまるこさんは、決してこのような方ではなかった 〜〜

  

  私は、ブログ仲間の二人の方に相談をしてみましたが、わたしの考え過ぎだというような
  ニュアンスをされました。

  まるこさん宛てに送信したメールが別の人のところへ届いたのはパソコンの誤作動ではな
  いか・・とも言われました。
  
  

    〜〜 まるこさんのメールアドレスが、別の方のところへ届いてしまった 〜〜


  その別の方と言うのは、集団ストーカー被害者の仲間の一人です。
  
  私のブログにもリンクしていますが、その被害者さんとは「札幌発!集団ストーカー日記」の
  moiwa さんのことです。

  私は、moiwaさんから2010年の10月頃にはじめてコメントを貰い、同じ札幌在住という事
  でメール交換をしていました。

  その一年後の、昨年の11月頃にmoiwaさんは突然大阪に引っ越されました。お会いしたことは
  ありませんでした。何度かお誘いを受けましたが・・。


  そのmoiwaさんの所に、まるこさん宛てのメールが送信されてしまったのです。こんな誤作動っ
  て有り得るのでしょうか・・。

  
  以前、ミセスまるこさんと知り合ってからまだ日も浅い頃に、私はまるこさんの被害が凄まじ
  いので

  「殺されないようにくれげれも気をつけて下さいね」

  とコメントしたことがありました。まるこさんのブログの内容から何か殺気だったものを感じ
  とったからでした。

  その頃に、お互いにメールアドレスやFAX番号、住所等を教え合いました。

  けれども、お互いもっぱらコメント欄を利用していました。非公開でのやりとりも多かったです。
  当時はまだ、わざわざメール交換までは・・と言うような段階でした。ブログのコメント欄で十
  分だったのです。

  そのまるこさんから、メールアドレスが変わったので、新しいメールアドレスを知らせておきま
  すとブログにコメントを頂いたのが、3:11の少し前の1月のことでした。


  そのまるこさんに私が始めてメールを差し上げたのは、3:11から何ヶ月も経ってからの事で
  した。
  
  最初はなかなか返事が来ませんでした。が、少し経ってからやっと返事が来ました。

  いろんなメールが来ていて、私のメールに気づくのが遅れました、という少し慌てた様子のご返
  事でした。

  文面を読む限りは、ブログでお目に掛かっているまるこさんの文面と変わりない雰囲気を漂わせ
  ておりました。

  そのご返事に対して、最初はなんの疑念も抱きませんでした。
  
  私のメールが無事に届いていたんだ、と安堵したものでした。なにせ、まるこさんにメールをし
  たのは、その時が始めてでしたので・・。

  が、その後のまるこさんのブログ更新を見て、何故か違和感を覚えました。今までのまるこさん
  とは何かが違う。そんな違和感でした。

  それで、もう一度まるこさんにメールをして見ることにしたのです。昨年の11月頃の事でした。
  

  確か、「札幌発!集団ストーカー日記」のmoiwaさんが大阪に行ってしまった直後のことだったと
  思います。


  ところが、その2度目のメール送信がミセスまるこさんにではなく、moiwaさんのところへ届いて
  しまったのです。

  もちろん、非常に驚きました。

  アドレスを再確認して、再度送信しましたが、2度ともmoiwaさんに送信されてしまったのです。

  
     〜〜 まるこさん、これってどういう事なのでしょうか 〜〜


    
  あれから3ヶ月が過ぎようとしています。依然として、まるこさんからはなんの音沙汰もありま
  せん。シーンと静まり返ったままです。


  今の私には、誰からも連絡がない状態が続いております・・。



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  この件で、私は2人のブログ仲間の方に相談したことを先ほど書きましたが、それ以外にも集
  団ストーカー被害者さん2人にも相談しましたが、なんの返答もありません。

  いま、私はこれらの集団ストーカー被害者さんに対しても、不信感を抱いています。なんの返
  事もないとはどいういう事なのでしょうか・・。

  それとも、ご返事を頂いているのに、パソコンの誤作動で私のところへ届いていないという事
  なのでしょうか・・。

  頭が混乱するばかりです・・。

                      ★★★


  

  私は以前のブログで書きましたが、とにかく、私の身の回りで私に好意的な人が何人も死んで
  行きます・・。私は孤立させられるのです。(息子もそうです)

  まるこさんは、被害者仲間の方たちのなかではいちばん親しくしていた人でした。やっと心が
  通じ合える人に出会えたかな・・と思っていた矢先の3:11大災害でした・・。

  私の被害に対して的確にアドバイスを下る方で、とても聡明な人でした。ブログを書く上で励
  みになっておりました・・。あのような聡明な方を見たことがありません。
  


    〜〜 ミセスまるこさんの身に、いったい何が起こったのでしょうか 〜〜




● 私は3:11の事で、ずうっと気になっていた事があります。
  最近、あの3:11大災害が人工地震によるものだという人工地震説が有力になって来ました。
  
  たぶん、その事はこれから解明されて行く事だろうと断言している人が多々おります。そこで
  私はずうっと気になっていた事を、ここで少しだけ書いてみたいと思います。

  あれは、3:11の比較的直後のことだったと思います。このような記事を読んだ記憶があり
  ます。


  「3:11の前に、福島原発から燃料棒をせっせっと持ち出していたよ。放射能を周りにせっ
  せっと撒き散らしていたよ。カルトは事前に知っていたよ」


  こういう文面だったと思います。その記事を読んで「まさか!そんな事・・」と思い、いつも
  なら気になった記事をお気に入りに入れておくのですが、それさえもしなかった記事でした。

  今になって、その記事が非常に気になっています。確か、「阿修羅」に投稿されたものだった
  と思います。何故なら、阿修羅から毎日、私のメールアドレスに新しい投稿記事が送信されて
  来ているからです。(私の希望でしています)

  その記事が投稿記事だったのか、もしくは投稿記事のコメント欄に投稿されていた記事だった
  のかは、記憶には残っていませんが・・。今も頭の片隅から消えないでおります。
   
  
   
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ここからは、前回の続きを書こうと思います。


あの日、2010年の7月に、我が家に突然思いがけない人から電話が掛かって来ました。

小学生の頃に、少しだけ話を交わした事があった創価学会員のdさんです。

私の小学生時代とは、彼此(かれこれ)もう50年くらい前の事になります。

50年近く前の、そのdさんが、突然、私の前に現れたのです。



私は誰からの電話なのかも分からず、ひたすら居留守をつかっていましたが、何度も電話のベルを
鳴らされるので当然不快でもありました。

しかし、頑なに電話口には出ませんでした。


注) 我が家では借金の催促は有り得ません。念の為・・。


その日、何度目かの電話が鳴り止んだ後に、少したってから玄関の前に車が止まった気配がしまし
た。レースのカーテンの窓からソーッと覗いて見ると、ワンボックスカーのような車から小柄が女
性が出て来ました。

「あら・・、うちに来たみたいだ・・。」

何故か胸騒ぎがしました。あのしつこい電話の後でもありましたから・・。

その時にはまだyさんとは知りませんでした。

運転席には男性が乗っているようにも見えます。我が家は塀の高さが1メートルくらいあって、更
にプラムの木や梅の木や松の木を植えているので、見晴らしがよくありません。

それに7月でしたから、木々の葉は青々と生い茂っておりました。

そんな状況のなかでなんとか判別?しました。


小柄な女性が我が家を見ながら、ウロウロしています。でも玄関の方には入って来ません。
ややしばらくすると、2人とも車の中にいてジッと動こうとしません。
こちらの様子を窺っているようでもありました。



やがて、やっと帰って行きました・・。

私には結構長い時間に感じられました。

玄関に入って来なかったのでホッとしましたが、でもその時の情景は本当に気味が悪かったです。

何故そのように感じたのか・・私にも分かりません。



のちに、主人がyさんと電話で話した後になって、あれはyさんだったのだろうと気づきました。

子供の頃の面影って、なんとなく残っているものです・・。小柄で丸顔で人懐っこい表情をして
いて・・感じの良かったyさんの面影・・。

その時も昔のその頃とどこかダブるような容姿をしていました。


それにしても、なんと唐突で、無礼な行動なのでしょうか・・。


「子供の頃の事って分からないものだ。むしろ、大人になると逆の人格になる人が多いものだ」


と、日頃よく言っていた父の口癖を思い出した一件でした。



それ以後も、電話は鳴りました。回数は減っても、私が電話口に出るまで掛けて寄こすつもりだっ
たのでしょう。

とうとう、主人に電話に出て貰うことにしました。

「もし、電話が私にだったら、買い物に出ていて留守だと言ってね」

そう主人に念を押しました。

聞き耳を立てていると、話している内容からして、どうも私に用があるらしい・・。

受話器を切ってから、主人が言うには、私の小学生の頃の知人で創価学会のy(旧制)さんだと名
乗ったと言う。

私はすぐに理解しました。yさん・・彼女の名前や顔ははっきりと憶えていましたし、姉からも生
前に聞いていましたし・・。

さほど、驚きませんでしたが、

  「しかし、今頃になっていったい私になんの用があるのだろう・・」

非常に怪訝に思いましたが、私はもう創価学会員の人達と関わりを持ちたくありませんでしたので
主人から、

「明日また電話するって言ってたぞ」

と言われても、私は電話に出るつもりはありませんでした。

案の定、翌日も電話が鳴りました。主人も家に居ました。私が電話に出ないので、

「電話に出てやればいいじゃないか。せっかく電話を寄こしているのに。かわいそうに。」

と、不機嫌そうにぶつぶつ言っています。

yさんは、子供の頃からどこか愛嬌のある感じの良い人でしたから、主人は電話で話をして、とて
も感じの良い印象を持ったようでした・・。


「私が電話に出なければ、私に話す意思がない事を悟ると思うよ。これでもう電話は来ないと思う」


主人にそう言いました・・。


案の定、それっきり電話は掛かって来ませんでした。。

そして、それっきりでした。

いったいなんの用だったのでしょう。

それは私にも分かりませんので、ブログを読んでくれた方に想像して貰うしかありません・・。

ただ言える事は、姉が亡くなってすぐにお電話をくれたなら絶対に電話に出た事でしょう。姉の納得
出来ない安楽死を相談したかった。むしろ、電話が来ることを心待ちしていたくらいだった・・。

でも、姉の死からもう8年も過ぎていた頃です。今更話すことなど私には何もありませんでした。

この頃は、近所のしつこい創価学会員も私には誰も近寄らなくなっていましたので、用事があっても
私のところへ来れるような立場の人はいなかった筈・・。

それでyさんでも寄こしたのでしょうか・・。

なんの用で?

ブログで余計な事を書くな!とか・・?。

口止めの為・・?。 


2006年の5月に我が家が放火されてから、それまではこちらの迷惑を省みず(かえりみず)に、
たびたび我が家の玄関先に来ては、「池田先生がねぇ・・・・」とか言っていた人が・・。

我が家の放火事件以来、ピタッと来なくなりました。その不自然さったらないですよ。

心にやましい事が有るのでしょうねぇ。私の顔を正視出来ないような・・。

我が家の放火事件に、なんらかの関与をしていた筈です。その創価学会員も。この推察に自信があ
ります。


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この出来事・・、

yさんから突然の電話があったのが2010年の7月でしたが、「札幌発!集団ストーカー日記」の
moiwaさんから私のブログに始めてコメントを下さったのも、それから僅か3ヵ月後の2010年の
10月の事でした。

私が住んでいる前田11条10丁目のすぐ傍にmoiwaさんの友人の知人が以前住んでいたそうで、「奇
遇ですね。」というコメントを頂いたのがきっかけで、それ以降メールを時々下さるようになり、札幌
での集団ストーカー被害の街宣活動に何度か誘われるようになりました。

私は一緒に活動することが一度もありませんでした。一度もお会いしませんでした。

一年ほどして、moiwaさんは大阪に行ってしまわれました。

そして、その直後に私はミセスまるこさんへメールをしました。

その送信したメールが何故か、moiwaさんのところへ届いてしまった・・こういう事になります。


どういう事でしょうか・・。


奇妙なことばかりが続いております。

奇妙と言えば、やはり昨年の11月に、はじめてコメント下さった方でしたが、このようなコメントを
頂いた事があります。


「本物のターゲットは必ず殺されます・・」


文言はもっと長いのですが、今度、時間がある時に全文を公開するかも知れません・・。

「必ず殺されるターゲット」 とは、どういう人たちのことを指しているのでしょうか・・。



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今日は長くなりましので、この辺でブログを閉じようと思いますが、次回は姉の事で、まだまだ続きが
ありますので、その記事になる予定です。

驚かないで読んで見てください。

それでは、また次回に・・。


※ 今日は朝鮮人に関して書く時間がありませんでした。今度時間がある時にでも書いてみたいと思っ
  ています。


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ジャンル : 日記

波乱万丈過ぎる人生 その101

今日は101回目のブログになります。


今日ブログで書きたいことは、前回に予告していましたなんとも不可思議な創価学会員の行動につい
て書いてみようと思っています。

     「こんな事って・・有り?」

と、ちょっと驚ろいてしまうような、ある日の日常での出来事でした・・。

その人のことを、仮にyさんとここでは表現するとして、そのyさんから突然電話が掛かって来たのは
2010年の7月26日の事でした。yさんから電話が来たのはその時が始めてでした。

前回か前々回のブログには2008年の出来事と書いたような気がしますが、それは間違いでした。
この出来事は2010年7月の出来事でした・・。訂正しておきます。

※ 10年くらい前から、私は自宅に掛かって来た電話の番号をノートに全部記載しているのですが、
  今回ノートを確認しましたら、2008年ではなく2010年の勘違いであったことが分かりま
  した・・。



この日、2010年の7月26日の午前中、AM9時56分、そのyさんから唐突に電話が入りました。

子供の頃に、会っただけの人です。


私はいつも電話には出ませんので、この日も電話に出ることはありませんでした。

6〜7年位前から一切電話に出ないようにしていました。知人等からの電話には出るのですが、見知
らぬ人からの電話に関しては電話口に出ません。

いつも留守電にしていますので、要件のある人は留守電にメッセージをどうぞ・・、こんな感じにして
あります。


その日・・。

yさんから掛かってきた電話の回数は、以下の通り。

7月26日  AM   9時56分
          11時12分

       PM   2時43分
           3時38分
           5時02分
           6時07分
           6時38分
           7時08分

この回数を見ると、私がパートのお仕事などをしていなくて、いつも在宅なのを知っているかのような
電話の寄こし方です。

7月28日 AM    9時09分

7月29日 AM    9時54分

7月30日 PM    8時00分

7月31日 AM   10時08分

      PM    1時16分
           3時00分
           8時32分

8月 1日 PM    6時01分 (この間、留守電のメッセージは一度もありませんでした)


7日間で16回の電話でした。
最初に掛かって来た電話の回数は、ちょっと尋常ではないように思いますが。

私も頑固な性格なので、一度電話に出ないと決めたら徹底して出ないところがあります。

頑として電話に出ない為に、yさんはこのようなしつこい電話の掛け方をして来たのだと思います。

私が電話に出ない理由・・。

まあ簡単に言えば、迷惑電話ばかりが来るので気分を害してしまい、電話には出なくなった、と言う
のが理由なのですが・・。


※ このyさんという人は、私が小学生時代から高校卒業するまで暮らしていた町の創価学会員の子
  供さんでした。一歳年下の女の子でした。

  私には小学生の頃のyさんしか記憶がありません。その程度の知り合いでした。

  1970年(昭和45年)3月、私は高校を卒業するとこの町を離れ、父もその半年ほど早くに
  転勤でこの町を離れていましたので、1970年の3月以降はこの町とは縁が切れ、その後はこ
  の町に行くこともありませんでした。yさんともまったく関わりを持っていませんでした。

  40年もの歳月が流れていた事になります。
  
  それは唐突な・・突然の電話でした。

  その事をこれから少し詳しく書いて行こうと思います。長くなりますので何回かに分けて書くこ
  とになるかと思います。話が少し重複するかも知れません。  


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このyさんから電話が来る3〜4日くらい前から、電話の液晶部分がおかしくなって、外部から掛かって
来る電話の番号が肉眼では判別できない状態になっていました・・。

それなのに電話番号が判別できましたのは、以前にブログでも書きましたが、私はデジタルビデオカメラ
を5〜6年前に買いましたが、このビデオカメラで覗き見すると、肉眼では見えないものが見えることが
あるのです。

そのビデオカメラを使って、見えない液晶画面の電話番号をなんとか判別したのでした。


主人は、液晶画面が駄目になったのだと言いました。

修理に来てもらえば出張費などで1万円くらいは掛かるだろうから、新しい電話機を買った方が安上がり
かも知れない・・そのように話していました。


前回使用していたFAX付き電話機も、7〜8年くらいでFAX部分が故障してしまい、仕方がなく新しい電話
機に買い換えたのでした。

その買い換えた電話機が今の電話機になりますが、こちらも6〜7年しか経っていないのに液晶画面が駄
目になってしまった・・。

今度の電話機は液晶画面だけではなく、FAXも早々に狂い始めました。最近は使用していません。

とにかく機械が壊れやすい状態が我が家では続いているのです・・。

このデジタルビデオカメラだって、買って4〜5年で故障し、撮影が出来なくなりました。

部品を丸ごと取り替えることになったのですが、修理代が16000円ちょっと掛かりました。が、修理
を終えて戻って来たビデオカメラ・・、今度は撮影時に時間が表示されなくなっていました。本当にいい
加減な修理でした。

再度修理に出すのが面倒になってしまい、そのまま使うことにしました。まさか、この3ヵ月後に愛犬の
チコちゃんが亡くなるとは・・思ってもいませんでした。

ビデオカメラが故障して、修理をしたのが2009年の6月頃のことでしたが、その3ヵ月後に先代の愛
犬のチコちゃんが亡くなりましたので、大事な最後の時のチコちゃんの映像には、何時頃に撮った映像な
のか、まったく分からない状態のものばかりになってしまいました。そのことがとても残念でした。

撮った映像に時間が表示されることって、結構大事なことなのです。経験して見るとよく分かるものです。

例えば、「この映像はチコちゃんが亡くなる3時間前の映像だねぇー」

とか・・、このような会話ができることって、実は大切な事だったのです。

この2年後にはコロちゃんまで死んでしまいました・・。


このカメラを作っている会社は超一流の会社です。が、今世界では日本製品の競争力が落ちているそうで
すが、なんだか理解出来る様な気がしています。

なんとお粗末なことか・・。




※ 電話機の液晶画面は、その後yさんから電話が来なくなってから1〜2週間で元に戻りました。以前
  よりも番号がくっきりと映るようになりました。なんとも不思議です。

  私はyさんが自分の電話番号を知られまいとして、何某か(なにがしか)の工作をしたのではないか、
  そんな妄想?を膨らませました。

  以前にブログで書いたことがありましたが、前にもおかしな事がありました。我が家の電話機は相手
  方の電話番号が表示されるようになっています。表示をしなければ電話が掛からないように設定して
  います。
  
  ところがある日、電話のベルが鳴り、掛かって来た日の日付も時間も表示されているのに相手方の電
  話番号だけが表示されていません。それでも電話が掛かって来たのです。考えてみればなんとも不思
  議な現象でしたが、こういう事も外部からの操作で可能なものなだろうか・・。

  そんな事って、果たして可能なのだろうか・・。どのような工作をしたらこのような事が可能になる
  のだろうか。個人で出来ることなのだろうか・・。


  主人に何気なくチラッと聞いて見ました。

  「液晶画面が壊れる原因ってどんな事が考えられると思う?」

  主人はこう答えました。

  「強い電波等なら液晶画面を壊すことが可能かも知れない」


  主人は物理系が好きだったみたいで、こういう事に関しては、打てば響くようにすぐに答えが返って来
  ます。確証は持てませんが・・。


  強い電波等で液晶画面が壊れることがある・・。ふーん。なるほど。妙に納得した私でした・・。

 


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話がなんだか逸れてしまいました。

毎日悔しい思いばかりして生きていると、つい愚痴めいたことばかりを書いてしまうようです。

話を戻したいと思います。



この電話をくれたyさんのことをもう少し詳しく書いておきます。重複しているところは我慢して読んで下さ
いね。


私は小学校の3年生から高校を卒業するまでd町で過ごしました。(d町というのは仮名です)

その後、高校の卒業と同時期くらいに父も転勤でこのd町を去ることになり、その後はd町には行く機会があ
りませんでした。


交通の便が悪くて、遊びに行っても日帰りでは帰って来られないようなところだったからかも知れません。


このyさんは、d町の人で学年が私より一年下でした。でもよく知ってはおりました。

それは、このd町は当時12000人足らずの小さな町でしたが、私はこの町に住んでいるときに創価学会
に入信しましたので、そこでこのyさんを知ることになったのです。

入信は1963年(昭和38年)でした。当時の私は小学校の6年生でした。姉は中学の2年生でした。

入信するまで、私の両親と私の兄弟(姉と私と2人の弟)は創価学会という名前さえも聞いたことがあり
ませんでした。が、縁あってすんなりと一家で創価学会に入信することになったのです。

入信後は、母と姉は素直に学会活動をしておりました。父は殆ど学会活動はしていませんでした。2人の
弟はまったく無関心という状態でした。(それは成人しても変わりませんでした)

私はと言うと、仕方なく母や姉について行って、座談会等には出席していた・・という程度でした。

その座談会の会場を提供していたのがyさんの親御さんたちでした。もう一軒mさんの家でも座談会の会
場を提供していましたので、その2軒のどちらかの会場でよく座談会が行われていました。

座談会に出た時にだけ、yさんとは顔を合わせることがあった・・この程度の付き合いでした。

しかも、姉は入信当時は中学2年生の後半頃で、中学を卒業すると地方にある函館の高校に入学しました
ので、このd町で学会活動をしたのは、中学を卒業するまでのせいぜい1年と3ヶ月ぐらいだったと思い
ます。

当時はd町から函館までは汽車で5〜6時間は掛かったと思います。当然、寄宿舎生活でしたので姉は夏
休みや冬休みにちょっとだけd町に帰省する程度でした。

そして、高校を卒業するとすぐに地元函館で社会人になり、まもなく父は転勤でd町を離れ、それっきり
このd町の人たちとは縁が切れました。


創価学会員と言いましても、座談会等では親しく話をしたりして同志という気概も芽生えたりしましたが、
会合がないときには、特別なお付き合いもなく、通常の友人関係とは全く違った、あっさりとした人間関
係だったように記憶しています。

私はd町の高校を出て、新宿のデパートに職が決まって、東京で働くことになり、姉は函館で職につきま
した。その後、転職等はありましたが。

私が20歳の頃に、両親が札幌に家を買いましたので、私たち兄弟4人はまもなく札幌で職を見つけて一
緒に生活するようになりました。

両親は、父が定年になるまで地方の官舎住まいでした。(父が定年退職する1〜2年前に母は亡くなりま
したが・・。)



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そんな訳で、yさんのことは私も姉も顔をぼんやりと憶えている程度の、その程度の間柄だったのです。

私は、そのd町には小学校の3年生時から高卒時まで9年間くらい住んでいたことになりますが、なぜかy
さんと会話した記憶等を殆ど憶えていないので、もしかしたら、余り話をしなかったのだと思います。

小・中、高校の頃の私は、わりと活発な子供だった方です。特に中学時代は友人たちと楽しく毎日を過ごし
ていました。

担任の先生の下宿に何人もで遊びに行ったり、勉強も少し教わったりと、毎日が充実していた記憶がありま
す・・。

学会員の友達は一人もいませんでした。同級生とばかり遊んでいました。あの頃、昭和38年当時はまだ創
価学会員ってとても少なかった頃でもあったと思う。


yさんとは、親しくしていたという記憶が全然ありませんでした。


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そのyさんから、突然電話が掛かって来たのは、最初は姉に・・でした。


姉が亡くなる確か2〜3年くらい前の事でした。(はっきりとした記憶ではありませんが)

姉が亡くなって間もなく10年が経ちますので、今から12〜13年前の出来事ということになります。

yさんの事は子供の頃のことしか姉は知らなかった筈なので、30数年ぶりの再会だったようです。


    〜〜 それは、余りにも唐突な再会に私には見えました 〜〜


私はなんとなく不自然さを感じました。。何故かしら分からないのだけれど、不自然な感じがしたのです。

「姉に接近して来たのは、裏に何か理由があるのではないか・・。」

漠然とした、そういう思いがありました・・。


                    ☆  ★  ☆ 


姉はyさんからの突然の電話に驚きながらも、すぐに親しく?なったようでした。何故なら、姉は軽薄な人間
ではありませんでしたが、創価学会員の人たちとは特別な、同志というような感覚の持ち主だったので、なん
の警戒もせずに接するような、そんな単純な一面が姉にはありました。


私には、姉が裁判所勤務の人と結婚したと聞いたyさんが、慌てふためいて姉に接近して来た・・そのように
も思えました。

もし私の勘が当たっていたとしたら、なぜ、そんな理由で慌てふためいて姉に接近する必要があったのだろう
と言う疑問が生じてきます。


                     ☆  ★  ☆



私が女子部時代に知り合った人に、Tさんという女性がいます。数ある女子部のなかでは一番親しみやすい人で
した。ご両親もいい人でした。

私が現在住んでいる町内会に、時々立ち寄ることがありました。もちろん学会活動の一端で来ていたのだと思い
ます。

それで私は、ひさしぶりにTさんと偶然再会したのです。女子部時代から10数年は経っていたと思います。

お互いに結婚していました。

Tさんは、私の町内会に用事で来たときには、私の家にもちょっと立ち寄ったりすることがありました。

しかし、「お姉さんはお元気?」などと聞かれたことは一度もありませんでした。同年代ではありましたが・・。

そんなある日、私はそのTさんに何気なく姉が裁判所勤務の人と結婚したことを話したことがありました。

その頃からTさんは、姉の住所等を教えて欲しいと私に言い出すようになりました。

私は、今頃になって姉に会いたいというTさんの気持ちが理解できませんでしたし、姉のことはそーっとしておい
て欲しいという気持ちがありました。


姉は独身時代が長く、女子部時代の人たちはみんな結婚して婦人部になりましたが、姉は年を経ると共に女子部
でもなく、かと言って結婚をしているわけでもありませんから、婦人部というわけでもありません。

中途半端な境遇だったこともあって、姉は女子部時代のように積極的に学会の組織にはついていない状態でした。
仕事に専念していて、仕事が休みの時にはもっぱら私の家に遊びに来ていました。

結婚してからも、そのような暮らしを続けていました。

そんな姉との関係に私は十分満足していましたので、今更、創価学会の人たちとまた交流を交わすことには躊躇し
たのは確かでした・・。



それでも私は、一応、姉にはそのことを伝えました。

「Tさんに住所を教えてと言われたのだけれど・・」と。

すると、意外にも姉は同志という気持ちからでしょうか・・、あっさりと自分の住所をTさんに教えても良いよ、
という返事が返ってきました。

秘密主義で口が堅く、余計なことは一切しゃべらないそんな姉が・・です。

私はちょっと信じられない思いがしましたが、姉がそう言うのであれば仕方がないと思い、Tさんに姉の住所を知
らせることにしました。



それから間もなくしてでした。yさんから姉に電話が入ったのは・・。

「懐かしい・・会いたいと・・」


私たちが子供の頃に過ごしたd町は、札幌からはかなり離れています。yさんも現在ではd町ではなく札幌に在
住しているようでした。

yさんが、姉の電話番号を知るにはTさんから聞かなければ絶対に知るはずがありません。

でも、Tさんとyさんは接点がないはず・・。

どのようなキッカケで、この二人は繋がり、接点を持ったのだろうか・・。

学会員同士って、私には理解不能な繋がりがあるんだ・・としか思えませんでした。


ちなみに、この頃は末っ子の弟が札幌の実家から忽然と消えてから11〜12年経っていた頃の事です。


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yさんは、私のことに関しては姉に何も尋ねていないようでした・・。懐かしいとか・・会いたいとか・・。
今どうしているのとか・・。



もしかしたら、Tさんとyさんが以前から繋がっていたとしたら、私の現在の状況等は既にお見通しだったのかも知
れません・・。


その後、姉が亡くなっても私のところへは一度も電話が来たことがありませんでした。姉の死は急でした。私は今で
もなぜ安楽死を急がなければならなかったのか、その時の医者の対応に今も疑念を抱き続けています・・。


秘密主義の姉のことでしたから、yさんにも自分が乳がん患者であることを話してはいなかった筈です。姉の死はさ
ぞかし驚いたことだろうと私は思っていました。

きっと私のところへ電話をして来るだろう・・と私は思っていました。もし、電話が来たら姉の納得できない安楽死
のことを相談してみようと私は考えていました。

ところが、一度も電話なんてありませんでした。


Tさんからも、そうでした。

私は不思議に思ったものでした・・。


それが、姉の死から丸8年も経った・・平成10年の7月に、あのように唐突に、忙しない(せわしない)電話を掛
けて寄こしたのです。


いったい、私になんの用があると言うのでしょうか・・。


この頃、ちょうど私はこのブログを書き始めて一年が過ぎた頃のことでもありました・・。納得できないことなどを
ブログで暴露しはじめている頃でもありました・・。



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そう言えば、yさんの住んでいたd町から民主党の代議士になった人がいて、現在は中央政界の方に登りつめている
人がいます。

と言うことは、私が子供の頃に住んでいた町でもあるので私にも多少なりとも縁がある政治家ということになるでし
ょうか・・。


私が住んでいるこの手稲区とも、この代議士は少し前までは縁があったようです。そして現在は中央政界に進出・・。

世間は広いようで狭いものです。

私の考え過ぎかも知れませんが、なにかが繋がっているように見えるんですよねぇー。これらの事も・・。
単なる偶然とは思えない・・。



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なんだかとても疲れが出てきました。文章が支離滅裂になっていないか、ちょっと心配・・。


今日は長くなりましたので、この辺でブログをやめたいと思いますが、次回はなるべく時間を空けずにこの続きを書
こうと思っています。時間があれば朝鮮人のことに関しても書いてみたい事があります・・。

それでは今日はこれでブログを閉じたいと思います。



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波乱万丈過ぎる人生 その100

今日は記念すべき100回目のブログになりました。

たびたびの脱線をしながら、ここまでブログを続けることができました。
あと2ヶ月もしたら、ブログを書き始めてから丸3年が経ちます・・。
感慨深いものがあります・・。

さて、前回のブログを書いたのが6日でした。間を空けずにすぐに続きを書くつもりでした。
9日に書こうと決めていました。でも、なにかと気ぜわしくその日には書けませんでした。

10日には絶対に書こうと決めました。
ところがアクシデントが・・。すごい腹痛が襲われたのです・・。

トイレに何度か走ってやっと収まりました。が、体力が消耗してしまいました。
お風呂に入るのも億劫になるほど、体力が消耗してしまったのです。

その夜は早めに床に入りました。翌朝に目を覚ました時にはいつもの体調に戻っておりました。

しかし、もう2月11日になってしまいました。2:11、なんだか嫌な数字です。


3:11のあの大地震のちょうど1ヶ月前という日付です。なんだか気乗りがしない日でしたが
それでもブログを書くつもりでおりました。

しかし、その前にスーパーに食料品を買いに行くことにしました。息子の運転する車で出かけまし
た。息子の運転する車には滅多に同乗することはありませんでしたが、今回は乗せて貰って買い物
に行って来ました・・。

ところが、車中でまた軽い腹痛が何度も・・。

トイレに駆け込むような事になったどうしょう・・と思うことが何度かありましたが、それでもな
んとか持ち越せて無事に買い物から帰って来れました・・。


そんなこんなで、昨日の11日もこれまたブログが書けませんでした・・。

今日はもう12日になってしまいましたが、今はいつもの平常心に戻ってブログが書ける状態にな
りました。(まだ少し具合が悪いことは悪いのですが・・)


                      ★★★


今日は、2012年2月12日なんですねぇ。2という数字が並びました・・。

それで思うことは、亡くなったコロちゃんのことでした・・。

ちょっと腹痛を起こしただけで、あれだけ体力が消耗するのですから、コロちゃんが亡くなる前の
日の夜、11時頃だったそうですが、外でたくさん吐いたそうです。吐いたのはその時が始めてで
したが、私はその時間にはもう寝ていたので、どのような状態だったのか知りませんでした・・。

後になって思うのです。コロちゃんも相当体力を消耗していたことだろうと・・。脱水症状もあった
ことだろうと・・。

それなのに、亡くなってからそのことに気づくなんて・・。自己嫌悪が襲ってきます・・。

コロちゃんが吐いたその翌朝にでも、主人がまだ仕事に出ないうちに、すぐに獣医さんのところへ
連れて行っていたら・・。

点滴でもしてもらっていたら・・。

たぶん、コロちゃんは死ななかったかも知れない・・。


体調はだんだんとよい方に向かっていたのですから・・。残念で残念でなりません・・。



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前回の続きを書こうと思いますが、その前に書いておきたいニュースがひとつあります。

2月6日の未明に、札幌のパチンコ店で刃物を持った強盗が従業員2人を刺して、事務所の金庫のお金
を奪って逃げる事件がありました。

従業員2人は刃物で何ヶ所も刺されて重傷・・。
このニュースを息子は夕食を食べながら聞いていました。聞いたその瞬間に息子は、

「エッー!俺が働いていたパチンコ店の系列の店だ!」

と、驚きました。
そして、ジーッとニュースを見ておりました・・。そして再度、口を開きました。

「俺が働いていたお店の店長だ!刺されて重傷を負ったのはあの時の店長だ!まちがいない!」

と叫んで、非常に驚いておりました・・。
新聞では内部に詳しい者の犯行か・・と書いておりました・・。


私が以前、このブログでこんな事を書いたことがありました。

息子は、以前パチンコ店で働いていた時に、よく千円から二千円くらいの掛け金で競馬をしていました。
負けてばかりでしたが、一回くらいは27000円くらい当たったことがあり大喜びしたことがありま
た。あと16000円くらい当たったことも1〜2度くらいあったようでした。もっとあるのかも知れ
ない・・。詳しくは私にも分かりません。

しかし、大金(10万、20万というお金のことです)を当てたことなどは一度もありませんでした。
これは間違いないと思う。


あの日(4〜5年前頃)も、千円か二千円くらいの掛け金で馬券を買っていました。(携帯電話で申し
込んで買います)

締め切り時間のギリギリに、お店の店長から息子の携帯に電話が入りました。馬券を1万円分買ってお
いてくれという電話のようでした。私と息子は居間でテレビを見ていたので、その時の状況はよく憶え
ています。

息子は店長に頼まれた数字の馬券を、自分の携帯から申し込みました・・。

ところが、息子は何も当たりませんでしたが、店長のは大当たりでした。
掛け金の一万円が50万円になったのです。息子は「いいなぁ」と羨ましがりましたが、その50万円
は息子の通帳に振り込まれることになるので、息子は自分の通帳から引きおろして店長にその50万円
を渡したことになります。

私は、そのことがどうにも腑に落ちませんでした。何故なら表向きはその50万円は息子が当てたよう
に見えるからです。息子はなんにも当ててはいないのに・・。大金など手にしていないのに・・。


その事を、以前のブログでチラッとだけ書いたことがありました。
まさか・・、その時の店長が今回刺されて重傷を負った?

息子にはそこまでは聞き出しませんでした。聞いても息子は覚えているかどうか・・。
息子は記憶力がすごく弱くなっているように私には見えます。

それに、私はなんとなく聞くのが怖かった・・。


**********************************************


それでは前回の続きを書こうと思います。

あの日・・。

私はコロちゃんに留守番をさせて、1時間くらい買い物に出ました。
帰って来ると、コロちゃんの様子がいつも違っていました。

私が帰って来たら、いつも満面の喜びを表して出迎えてくれるコロちゃん。
そんなに気をつかわなくてもいいのに・・と思うほどに喜びを露(あらわ)にして、いつもいつもで向
かえてくれたコロちゃん。
主人に対しても息子に対しても、そういう態度は変わりませんでした。

そのコロちゃんがあの日、異常な警戒心を露(あらわ)にしていました。

「なにか、とても怖い目に遭ったんだ・・」

そのように思うしかありませんでした。

台所の洗い場には、絶対にあるはずもない食器がポツンと一つ置かれていました。

「ああ!また家宅侵入されたんだ。それも今度は裏口から堂々と・・。どのくらいの時間居座ったのだ
ろうか・・。コロちゃんは体に何か危害を加えられたのだろうか・・」

愕然としながらも、そんなことを思ったりもしました。

我が家の真後ろは、家が一軒建つくらいの空き地ですが、更にその後ろは生活道路になっており、その生
活道路の後ろは住宅が建っています。小さな工場も建っています。人の出入りもあります。

そのような条件下なので、住宅は密集している方ですが、我が家は外部からは四方八方から見晴らしが良
い筈なのです。


また、我が家の後ろは空き地でも空き地の横には家が建っており、その家の居間からは我が家の裏玄関は
見晴らしが良い筈です。(塀はしておりますが・・それでも見晴らしは良いと思います)

そのような状況下でも、白昼に堂々と家宅侵入している。

この犯人はいったい誰なのだろう。どういう人たちなんだろう・・。

家の周りがみんな共謀者なら・・

このような出来事も理解できなくはないのですのが・・

まさか・・そんなこと・・。


                        ☆☆☆


更にショッキングなことが重なります。

今まで、何度かこのブログで自宅が2006年の5月26日(土)のPM4時頃に放火されたことを書き綴
ってきました。

その焼け爛れた家の中の内装工事に入ったのが、同年の9月半ばから10月半ばくらい迄でした。
外壁等は殆ど被害がありませんでした。

しかし、裏口(裏玄関)のドアは透明なガラスのドアで出来ており、普段はカーテン等をしていましたが、
この裏口のガラスドアは丸ごと取り替える事になりました。今度も同じ透明のガラスドアになりましたが、
丸ごと取り替えたので、今まで使っていた鍵から新しい鍵に変わりました。

更に、裏玄関にも玄関フードを新たにつける事にしたので、この玄関フードの鍵も新たに貰うことになり
ました。(こちらも透明なガラスで出来ている玄関フードです)


これで、裏口の玄関フードの鍵と、裏口のドア鍵と、2種類の鍵が新しく変わりました・・。



私は、ここ数年は遠くまで外出することを控えていました。家宅侵入されるのが嫌だったからです。近場
で用を足していました。そして急いで家に帰るようにしていました。

それはそれは不便な生活を強いられていました。

しかし、ある時に思いつきました。犯人は正面玄関から怪しまれないようにお客のように装って家宅侵入
しているのかも知れない。

それなら正面玄関はチェーンをして絶対に入れないようにしたら良いのではないか。

裏口から侵入すれば流石に怪しまれるので、いくらなんでもそれは出来ないだろう・・そう高をくくって
いました・・。


昨年あたりからは、外出時は犬の散歩でさえ裏口から出入りするようにしていました。正面玄関はしっか
りチェーンをして・・。

それが、白昼堂々と怪しまれずに裏口から侵入することが出来た?

と言うことは、それはもしかして合鍵を持っていたからではないか。

合鍵を手に入れていた・・?




新しくなった裏口の玄関の鍵は、私しか持っていません。主人と息子は裏口からの出入りなどまるで考え
ていないようで、鍵さえまったく持とうとしません。

息子は鍵がどこにあるかも知らない筈です。合鍵を作られてしまうような、そんな隙を与えてしまうよう
な機会はなかったはずです。

犯人はどうやって、鍵を手に入れたのでしょうか・・。

そのように追求して行った時に・・私は放火されたあの当時のことに思いを馳(は)せました・・。

犯人たちは、みんなどこかで繋がっているに違いないと・・。

だから、合鍵を手に入れるのは容易なのかも知れない・・。

誰か一人を捕まえて、事情聴取をすると、芋づる式に犯罪者たちに繋がっていくのではないかと・・。


私が警察だったら・・・こんなに犯罪者たちをいつまでも放置したりはしないのに・・。

なんと歯がゆい事だろう・・。いったい何を警備していると言うのだろう・・。



※ この頃から、私は更に名案が浮かぶようになりました。
  私はデジタルビデオカメラを持っていますが、テープは2時間録画出来るようになっています。
  出掛ける時には必ずそのビデオカメラを設置することにしました。
  幸い、居間のサイドボードのところにカメラを設置すると、裏口のガラスドアの真正面になります。
  誰かが裏口から侵入して来たらバッチリと顔が映る込むように設置出来ることに気がつきました。

  何故、もっと早くに気が付かなかったのだろうと後悔しているくらいです。
  でも、その後は、昼間は誰も家宅侵入はしていないようです。後は息子が夜中に友達に呼び出され
  て外出しないことを願うばかりです。深夜は私も主人も熟睡しているので、住居侵入されても気づ
  きません。
  でも呼び出されると、息子はいそいそと出かけて行ってしまうので気が抜けません。
  息子の友達はそれを百も承知で呼び出しているのです。その友達は誰に頼まれているのでしょう。

  息子の友達は警察官だったり、親が銀行員だったり、お姉さんが自衛官だったり、教師だったりと
  まともな仕事をしているようです・・。

ただ、私の目には友達なんかではなくて、友達のふりをしているだけで、影で息子を陥れる協力だ
  けをしているように見ています。実際そうなのでしょう。いずれ時間があったらそのことに触れて
  見たいと思っています。




それでは長くなりましたので、今日はこれでブログを閉じたいと思います。(投稿は明日13日の日付
になるかも知れません・・)

次回は、2008年に、突然創価学会員からきた非常識な電話について書いて見ようと思っています。
このことを書くには、亡き姉の話にも繋がっていきます。長い記事になりそうですがなんとか書いてみ
ようと思っています。(とにかく繋がっていくのです。いろんな出来事が・・。私はまだそのことの半
分も書き切れていないような気がしています。)


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テーマ : みんなに知ってもらいたい
ジャンル : 日記

プロフィール

 yukidaruma1952

Author: yukidaruma1952
札幌市手稲区前田11条
10丁目に在住です

組織犯罪・集団ストーカ
ー犯罪の被害者一族


      ☆
      ★
      ☆

私は凄まじい被害を受けなが
ら日々暮らしておりますが、
立ち直りの早い性格ですの
で、鬱になる事もなく、色ん
な事にチャレンジをして居り
ます。

ユーチューブにもいろんな映
像を投稿しています。見て下
さった方々はきっと満足して
下さると自負して居ります。
是非、ご覧になって下さい。
自宅が放火された時のちょっ
とショッキングな映像等も投
稿して居ります。私は挫けま
せん・・。

この下に有ります月別アーカ
イブの2011年1月のところを
クリックして下さい。「波乱
万丈過ぎる人生 その90」
が出ます。その下に有るブロ
グランキングのところに
「この壷って価値有り?」と
いうタイトルがありますので、
そこクリックされるとすぐに
ユーチューブの映像が開きま
す。

愛犬の動画・面白い形の大根
や人参、お宝の壷・・などを
投稿しています。ついでに説
明文もお読み下さいませ。説
明のところをクリックされる
と説明文の全文が読められま
す。

       ☆
       ★

また、「でじたる書房」で愛
犬の写真集も3冊電子出版し
ております。
*「童並み」
*「愛犬の寝顔・寝姿集」
*「チコちゃんとコロちゃん
  の人生」
の3冊です。1冊315円で販売
して居ります。
どうぞ宜しくお願い致します。

     
 

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